百人一首の現代語訳一覧
百人一首とは、飛鳥時代から鎌倉時代までの百人の歌人の和歌を、一人につき一首ずつ選んだ秀歌撰です。
鎌倉時代初期に、公家で優れた歌人でもあった藤原定家が京都小倉山の山荘で編纂したことに由来し、『小倉百人一首』という呼び名で知られています。
定家が、古今の男女百人の秀でた歌人を選び、一人につき一首を選出したアンソロジーです。
今で言えば、ある有名な権威ある大御所ミュージシャンが、自分の歌も含め、百人のミュージシャンからそれぞれ一曲ずつを選び、一枚のアルバムにまとめる、といったものでしょうか。
この『小倉百人一首』が成立した年代は、はっきりとはわかっていませんが、13世紀前半だと推定されています。
成立当初、『小倉百人一首』に一定の呼び名はなく、「小倉山荘色紙和歌」「嵯峨山荘色紙和歌」「小倉色紙」などと呼ばれ、その後、小倉百人一首という呼び名が定着します。
もともと、定家の親戚(息子の義父)に当たる宇都宮頼綱から、嵯峨中院の山荘の障子に貼る「色紙和歌」の執筆を依頼され、その際、定家が各人一首の和歌を選んで書いていることから、この色紙和歌が、百人一首の起源と考えられています。
定家直筆で、本来100枚あると考えられる小倉色紙のうち、現存するものは30枚程度で、江戸時代の頃にはすでに同程度しか残っていなかったようです。
また、『百人一首』と似たような構成で、同じく藤原定家の秀歌撰として『百人秀歌』があります。
百人一首と百人秀歌は、97首の歌が一致していますが、百人秀歌では、後鳥羽院と順徳院の和歌を欠いています。
その他、両者の違いとしては、百人一首は、百人で一人一首ずつとなっている一方、百人秀歌のほうは、百人とあるものの、実際には、101人の歌が一首ずつ選ばれています。
歌人はほぼ共通していますが、先ほども触れたように、二、三人共通しない歌人もいます。
また、配列の違いとして、百人一首は基本的に年代順なのに対し、百人秀歌は、年代順というより、二首で一組という構成になっています。
成立が、どちらが先か、といった点については、両方の説があり、現在も定まっていません。
百人一首は、その後、「カルタ」としても普及し、広く浸透していきます。
今でも小学生の頃やお正月などにカルタ遊びを通じて百人一首を暗記した、という人も少なくないのではないでしょうか(参照 : 百人一首かるたのおすすめ人気ランキング20選)。
百人一首がカルタの形になるのは近世、戦国時代にスペインやポルトガルなどヨーロッパ文化が流入し、カードゲームが伝わったことにより、伝統的な文化と混ざり合いながら、百人一首のカルタが登場します。
カルタ取りが始まったのは、江戸時代と言われていますが、そもそもは競技用ではなく、百人一首を覚えるためのものであり、現在のような形に整備されたのは明治に入ってからのことでした。
初めてカルタの大会が開催されたのも、明治30年のことだったようです。
それでは、以下、百人一首の原文や現代語訳、用語の意味や解説の一覧(前半の五十首)を紹介したいと思います。
現代語訳は、歌の雰囲気が分かりやすいように、多少意訳となり、頭の数字が和歌番号、その後が、作者名となっています。
◇
001 天智天皇
〈原文〉
秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露に濡れつつ
〈現代語訳〉
秋の田の傍にある粗末な仮小屋は、苫葺き屋根の目が粗いので、私の衣の袖は、隙間から漏れる冷たい夜露で濡れてしまっているよ。
002 持統天皇
〈原文〉
春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山
〈現代語訳〉
春が過ぎ去り、いつのまにか夏が来たようだ。香具山には、(夏になると干されると言う)あんなにたくさんの真っ白な着物が干されているのだから。
003 柿本人麻呂
〈原文〉
あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む
〈現代語訳〉
夜になると雄と雌が谷を隔てて別々に寝る山鳥の長く垂れ下がった尾のように、こんなにも長い長い夜を、私もまた、ひとり寂しく寝るのだろうか。
004 山部赤人
〈原文〉
田子の浦にうち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ
〈現代語訳〉
田子の浦の海岸に出てみると、雪をかぶった真っ白な富士の高嶺に雪が降っているよ。
005 猿丸大夫
〈原文〉
奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋は悲しき
〈現代語訳〉
人里離れた奥深い山のなかで、地面に散り敷かれた紅葉を踏み分け、恋しい相手を求めて鳴く鹿の声を聞くとき、秋はなんとも物悲しく感じるものだ。
006 中納言家持
〈原文〉
鵲の渡せる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける
〈現代語訳〉
カササギが架け渡したという天の川の橋に散らばる、霜のように白く冴え冴えした星々を見ていると、夜もずいぶん更けたなぁと感じる。
007 阿倍仲麻呂
〈原文〉
天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
〈現代語訳〉
大空を振り仰いで見ると、美しい月が見える、あの月は故郷の春日の三笠の山に出ていた月と同じ月だろうか。
008 喜撰法師
〈原文〉
わが庵は都の辰巳しかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり
〈現代語訳〉
私の庵は都の東南にあり、このように心静かに住んでいる。それなのに、世間の人たちは、私が世を憂きものと思って宇治の山に住んでいると言っているそうだ。
009 小野小町
〈原文〉
花の色はうつりにけりないたづらに我身世にふるながめせし間に
〈現代語訳〉
美しかった花の色もすっかり色褪せてしまったなぁ、むなしく、降り続く長雨をぼんやりと眺めて物思いにふけっているうちに(私もまたこの世で年をとってしまった)。
010 蝉丸
〈原文〉
これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関
〈現代語訳〉
これだよ、これが、あの有名な、東国へ旅立っていく人も都へ帰る人も、ここで別れては、知っている人も知らない人も、またここで出会うという逢坂の関だよ。
011 参議篁
〈原文〉
わたのはら八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣り船
〈現代語訳〉
大海原の多くの島々を目指して漕ぎ出していったと、都に残してきた人に告げてくれないか、漁師の釣り船よ。
012 僧正遍昭
〈原文〉
天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ
〈現代語訳〉
空を吹く風よ、雲のなかにあるという天に通じる道を吹いて閉ざしておくれ、天に帰っていく乙女たちの姿を、もうしばらくここに留めておきたいのだよ。
013 陽成院
〈原文〉
筑波嶺の峰より落つるみなの川恋ぞ積もりて淵となりぬる
〈現代語訳〉
筑波山の峰から流れ落ちる水無川の水が、積もり積もってやがては深い淵をつくるように、あなたへの恋心も積もり、今では淵のように深い想いとなった。
014 河原左大臣
〈原文〉
陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
〈現代語訳〉
奥州のしのぶ摺りの乱れ模様のように、いったい誰のために私の心も思い乱れ始めているのでしょう、私のせいではないのに(きっとあなたのせいですよ)。
015 光孝天皇
〈原文〉
君がため春の野に出でて若菜摘むわが衣手に雪は降りつつ
〈現代語訳〉
あなたのために春の野に出て若菜を摘んでいる、私の袖にちらちらと雪が降りかかっていることよ。
016 中納言行平
〈原文〉
立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む
〈現代語訳〉
あなたと別れ、因幡国へ行くけれども、稲葉山の峰に生えている松のように、あなたが待っていると聞いたなら、すぐにでも帰ってきましょう。
017 在原業平朝臣
〈原文〉
ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは
〈現代語訳〉
神々の時代にさえ聞いたことがない、こんな風に竜田川一面に紅葉が散り敷かれ、流れる水を真紅に染め上げるなどということは。
018 藤原敏行朝臣
〈原文〉
住の江の岸に寄る波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ
〈現代語訳〉
住の江の岸には波が寄るというのに、昼だけでなく夜の夢のなかの私のもとへと向かう通い路でさえ、あなたは人目をはばかって会ってはくれないのだろうか。
019 伊勢
〈原文〉
難波潟短かき葦のふしの間も逢はでこの世を過ぐしてよとや
〈現代語訳〉
難波潟の入り江に生えている葦の、短い節と節の間のようなほんの短い時間でさえお会いできないで、この世を過していけとおっしゃるのでしょうか。
020 元良親王
〈原文〉
わびぬれば今はた同じ難波なる身をつくしても逢はむとぞ思ふ
〈現代語訳〉
これほどに辛く思い悩んでいるのなら、今はもはや破滅したも同然のこと。いっそ、あの難波の澪標のように、この身を滅ぼしてでもあなたに逢いたいと思う。
021 素性法師
〈原文〉
今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
〈現代語訳〉
あなたが、「今すぐに行きましょう」とおっしゃったので、九月の長い夜を待っていたのに、とうとう有明の月の出を待ち明かしてしまいましたよ。
022 文屋康秀
〈原文〉
吹くからに秋の草木のしをるればむべ山風をあらしといふらむ
〈現代語訳〉
山から秋風が吹き下ろすと、たちまち秋の草や木が萎れるので、なるほど、だから山風のことを「荒らし」、すなわち「嵐」というのだろう。
023 大江千里
〈原文〉
月見れば千々に物こそ悲しけれわが身ひとつの秋にはあらねど
〈現代語訳〉
秋の月を眺めていると、様々に物事が悲しく感じられる、私一人のために訪れた秋ではないのだけれども。
024 菅家
〈原文〉
このたびは幣も取りあへず手向山紅葉の錦神のまにまに
〈現代語訳〉
この度の旅は急なことだったので、捧げる幣を用意しておりません。手向山の神様よ、この山の錦のような美しい紅葉を幣として捧げますので、どうかお心のままにお受け取り下さい。
025 三条右大臣
〈原文〉
名にし負はば逢坂山のさねかづら人に知られでくるよしもがな
〈現代語訳〉
逢坂山の小寝葛が、「逢う」「さ寝」というその名の通りであるなら、逢坂山のさねかずらを手繰り寄せるように、誰にも知られずあなたのもとを訪ねて行く手立てがあればいいのに。
026 貞信公
〈原文〉
小倉山峰のもみぢ葉心あらば今ひとたびのみゆき待たなむ
〈現代語訳〉
小倉山の峰の美しい紅葉の葉よ、もしお前に哀れむ心があるならば、もう一度天皇の行幸があるので、散るのを急がずに待っていてくれないか。
027 中納言兼輔
〈原文〉
みかの原わきて流るるいづみ川いつ見きとてか恋しかるらむ
〈現代語訳〉
みかの原から湧き出て、かき分けるようにして流れる泉川、その「いつ」という言葉ではないが、いつ逢ったといって、(一度も逢ったことがないのに)こんなにも恋しくなってしまうのだろうか。
028 源宗于朝臣 〜939
〈原文〉
山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば
〈現代語訳〉
山里は、冬こそとりわけ寂しさがつのるものだ、人も訪れることがなくなり、草も枯れてしまうのだと思うと。
029 凡河内躬恒
〈原文〉
心あてに折らばや折らむ初霜の置きまどはせる白菊の花
〈現代語訳〉
もし折るならば当てずっぽうに折ってみようか、真っ白な初霜が降り、霜と白菊の花と見分けがつかなくなっているのだから。
030 壬生忠岑
〈原文〉
有明のつれなく見えし別れより暁ばかり憂きものはなし
〈現代語訳〉
有明の月は冷淡に見え、あなたもその有明の月のようにそっけないもので、あなたと別れて以来、夜明け前の月ほど憂鬱なものはありません。
031 坂上是則
〈原文〉
朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れる白雪
〈現代語訳〉
夜が明け始める頃、まるで有明の月かと思うほどに、吉野の里に降っている白雪よ。
032 春道列樹
〈原文〉
山川に風のかけたるしがらみは流れもあへぬ紅葉なりけり
〈現代語訳〉
山のなかの川に、風がかけた流れ止めの柵は、流れきれずにいる紅葉だったのだ。
033 紀友則
〈原文〉
久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
〈現代語訳〉
日の光が降り注いでいるのどかな春の日に、どうして落着いた心もなく、桜の花は散っていくのだろうか。
034 藤原興風
〈原文〉
誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔の友ならなくに
〈現代語訳〉
年老いた私は(友人たちももう亡くなり)、一体誰を親友にすればよいのだろうか。長寿の高砂の松でさえ、昔からの友ではないのだから。
035 紀貫之
〈原文〉
人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける
〈現代語訳〉
あなたの心はどうでしょうかね、人の心は分かりませんが、昔馴染みのこの里では、梅の花はかつてのように今もよい香りで匂っていますよ。
036 清原深養父
〈原文〉
夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを雲のいづこに月宿るらむ
(なつのよはまだよひながらあけぬるをくものいづこにつきやどるらむ)
〈現代語訳〉
夏の夜は短く、まだ宵だと思っているうちに明けてしまったが、西の山陰に行き着くことのできなかった月は、一体雲のどの辺りに宿をとっているのだろうか。
037 文屋朝康
〈原文〉
白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける
〈現代語訳〉
草葉の上の白露に風がしきりに吹きつけている秋の野は、まるで糸を通していない真珠の玉が、美しく散り乱れているようだ。
038 右近
〈原文〉
忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな
〈現代語訳〉
あなたに忘れ去られる我が身のことは何ほどのことも思いません。ただ、私を愛すると神に誓ったあなたの命が、神の罰を受けないかと惜しまれてなりません。
039 参議等
〈原文〉
浅茅生の小野の篠原しのぶれどあまりてなどか人の恋しき
〈現代語訳〉
茅の生えた寂しく忍ぶ小野の篠原の「しの」のように、あなたへの思いを忍んでいるものの、もはや忍びきることはできず、どうしてこのようにあなたが恋しいのだろうか。
040 平兼盛
〈原文〉
忍ぶれど色に出でにけりわが恋は物や思ふと人の問ふまで
〈現代語訳〉
知られまいと恋しい思いを隠していたが、隠しきれずに態度に表れてしまったようだ、私の恋は。「恋をしているのでは」と人が尋ねるほどまでに。
041 壬生忠見
〈原文〉
恋すてふわが名はまだき立ちにけり人知れずこそ思ひそめしか
〈現代語訳〉
恋をしているという私の噂が、もう世間の人たちのあいだに広まってしまったようだ。人知れず、密かに思いはじめたばかりなのに。
042 清原元輔
〈原文〉
契りきなかたみに袖をしぼりつつ末の松山波こさじとは
〈現代語訳〉
約束をしましたよね、お互いに涙で濡れた袖をしぼりながら、波があの末の松山を決して越すことがないように、私たちの愛も決して変わらないと。
043 権中納言敦忠
〈原文〉
逢ひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり
〈現代語訳〉
あなたに逢って愛し合った後の恋しい気持ちと比べると、逢いたいと思っていた昔の恋心の苦しみなどは無いと同じようなものだったなぁ。
044 中納言朝忠
〈原文〉
逢ふことの絶えてしなくばなかなかに人をも身をも恨みざらまし
〈現代語訳〉
あなたと一度も結ばれていないなら、あなたの冷たさも、自分の不幸も、こんなに恨むことはなかっただろうに。
045 謙徳公
〈原文〉
哀れともいふべき人は思ほえで身のいたづらになりぬべきかな
〈現代語訳〉
私を哀れだと慰めてくれる人がいるようにも思えず、私はただ、あなたを恋しく思いながら虚しく死んでいくのでしょう。
046 曽禰好忠
〈原文〉
由良の門を渡る舟人かぢを絶えゆくへも知らぬ恋の道かな
〈現代語訳〉
由良の門を渡る船人が、梶をなくして、どこへ漕いでいったらいいのか行方が分からないように、これからどうすればいいのか途方に暮れる恋の道だよ。
047 恵慶法師
〈原文〉
八重むぐらしげれる宿のさびしきに人こそ見えね秋は来にけり
〈現代語訳〉
幾重にも雑草の生い茂ったこの家は寂しく、誰も訪ねてはこないが、ここにも秋だけは確かに訪れるようだ。
048 源重之
〈原文〉
風をいたみ岩うつ波のおのれのみくだけて物を思ふころかな
〈現代語訳〉
風が激しく、岩に打ち当たる波が(岩はなんともないのに)自分だけが砕け散ってしまうように、(あなたは平気で)私だけが心も砕けるように恋の思いに悩んでいるこの頃よ。
049 大中臣能宣朝臣
〈原文〉
みかきもり衛士のたく火の夜はもえ昼は消えつつ物をこそ思へ
〈現代語訳〉
宮中の御門を守る御垣守である衛士の燃やすかがり火が、夜に赤々と燃え、昼は消えているように、私の心も夜は情熱に燃え、昼は消え入るように物思いにふけり、日々恋に悩んでいる。
050 藤原義孝
〈原文〉
君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな
〈現代語訳〉
あなたに逢えるなら惜しいとも思わなかった命ですが、こうしてあなたと逢瀬が叶った今では、長く生きていたいと思うようになりました。
51 藤原実方朝臣
〈原文〉
かくとだにえやは伊吹のさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを
〈現代語訳〉
せめて、こんなにもあなたに恋しているのだと言えればいいのですが、言えません。だから、あなたは、伊吹山のさしも草が燃える火のように、燃え上がる私の恋の思いをご存知でないでしょうね。
52 藤原道信朝臣
〈原文〉
明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしきあさぼらけかな
〈現代語訳〉
夜が明ければ、やがて日が暮れると、わかっていながら、やはり恨めしい朝ぼらけだなぁ。
53 右大将道綱母
〈原文〉
歎きつつひとり寝る夜の明くる間はいかに久しきものとかは知る
〈現代語訳〉
嘆きながら一人で孤独に寝ている夜が明けるまでの時間が、どれほど長いかご存知ないでしょうね。
54 儀同三司母
〈原文〉
忘れじの行く末までは難ければ今日をかぎりの命ともがな
〈現代語訳〉
「いつまでも忘れない」と言っても、将来もずっと変わらないというのは難しいでしょうから、そう言ってくださる今日が最後の命であればいいのに。
55 大納言公任
〈原文〉
滝の音は絶えて久しくなりぬれど名こそ流れてなほ聞こえけれ
〈現代語訳〉
滝の流れる水音は、絶えてから長い年月が経ったけれども、その名声は今も流れ伝わって、聞こえてくることよ。
56 和泉式部
〈原文〉
あらざらむこの世のほかの思ひ出に今ひとたびの逢ふこともがな
〈現代語訳〉
私はもうすぐ死んで、この世からいなくなるでしょう。あの世への思い出として、せめてもう一度だけ、あなたにお会いしたいのです。
57 紫式部
〈原文〉
めぐり逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲がくれにし夜半の月影
〈現代語訳〉
せっかく巡り会えたのに、あなたが本当に幼友達かどうか見分けられないうちに、まるで夜中に隠れる月のように、あっという間にあなたは姿を隠してしまったね。
58 大弐三位
〈原文〉
有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする
〈現代語訳〉
有馬山の近くにある猪名の笹原に風が吹き、笹の葉が揺れ、そよそよと音を立てる、そうよ(そよ)、そのようにあなたのことを忘れなどするものですか。
59 赤染衛門
〈原文〉
やすらはで寝なましものを小夜更けてかたぶくまでの月を見しかな
〈現代語訳〉
ぐずぐずと寝ないであなたの訪れを待っているのではなく、さっさと寝てしまえばよかったのに、(あなたのことを待っているうちに)夜が更けて、西に傾いて沈んでいく月を見てしまいました。
60 小式部内侍
〈原文〉
大江山いく野の道の遠ければまだふみも見ず天の橋立
〈現代語訳〉
大江山を越え、生野の道を通り、母の住む丹後国に行く道のりは大変遠いので、まだ天橋立も踏んではいませんし、母からの手紙も届いていません。
61 伊勢大輔
〈原文〉
いにしへの奈良の都の八重桜今日九重に匂ひぬるかな
〈現代語訳〉
いにしえの昔の奈良の都の八重桜が、今日、九重の宮中で美しく咲き誇っていますよ。
62 清少納言
〈原文〉
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
〈現代語訳〉
夜がまだ明けていないのに、鶏の鳴き真似をして騙そうとしても、函谷関ならいざ知らず、この逢坂の関の関守は決して許しませんし、私も騙されて会ったりはしませんよ。
63 左京大夫道雅
〈原文〉
今はただ思ひ絶えなむとばかりを人づてならで言ふよしもがな
〈現代語訳〉
今となってはただ、諦めましょう、ということを人づてではなくあなたに直接伝える方法があってほしいものだ。
64 権中納言定頼
〈原文〉
朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木
〈現代語訳〉
夜がほのかに明けてくる頃、宇治川に立ち込めていた霧も薄らいできた。その霧の絶え間から次第に現れてくる、浅瀬にかけられた網代木よ。
65 相模
〈原文〉
恨みわび干さぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
〈現代語訳〉
もう恨む気力もなく、泣き続けて涙を乾かしきれずに朽ちてゆく着物の袖さえも惜しいのに、恋によって悪い噂を立てられ、朽ちていく私の評判がいっそう残念でありません。
66 前大僧正行尊
〈原文〉
もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし
〈現代語訳〉
私があなたを愛おしいと思っているように、あなたも愛おしいと思っておくれ、山桜よ。この山奥には、桜の花以外に、私の気持ちをわかってくれる人などいないのだから。
67 周防内侍
〈原文〉
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなく立たむ名こそ惜しけれ
〈現代語訳〉
短い春の夜の儚い夢のような、あなたのたわむれの手枕のせいで、もしつまらない浮き名が立ってしまうのであれば口惜しいではありませんか。
68 三条院
〈原文〉
心にもあらで憂き世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな
〈現代語訳〉
心にもなく、この儚くつらい現世で生き長らえたなら、きっと恋しく思い出されるに違いない、今宵の月だなぁ。
69 能因法師
〈原文〉
あらし吹く三室の山のもみぢ葉は龍田の川のにしきなりけり
〈現代語訳〉
激しい山風が吹いている三室山の紅葉が吹き散らされ、竜田川の水面を彩る美しい錦のようだ。
70 良暹法師
〈原文〉
寂しさに宿を立ち出でてながむればいづこもおなじ秋の夕暮れ
〈現代語訳〉
寂しさのあまり庵を出て外を眺めたら、どこも同じように寂しい秋の夕暮れよ。
71 大納言経信
〈原文〉
夕されば門田の稲葉おとづれて芦のまろやに秋風ぞ吹く
〈現代語訳〉
夕方になると、家の門前に広がる田んぼの稲の葉に音を立てて、芦葺きの田舎家に秋風が吹き渡ってくるよ。
72 祐子内親王家紀伊
〈原文〉
音に聞く高師の浜のあだ波はかけじや袖の濡れもこそすれ
〈現代語訳〉
噂に名高い、高師の浜にいたずらに立つ波にかからないようにしますよ、袖が(涙で)濡れては困りますから(浮気者だと噂に高い、あなたの言葉は心にかけずにおきますよ、涙で袖を濡らしてはいけませんから)。
73 権中納言匡房
〈原文〉
高砂の尾の上の桜咲きにけり外山の霞立たずもあらなむ
〈現代語訳〉
遠くにある高い山の頂にある桜が咲いた。近くの山の霞よ、桜が霞んでしまわないように、どうか立たずにいてほしい。
74 源俊頼朝臣
〈原文〉
憂かりける人を初瀬の山おろしよはげしかれとは祈らぬものを
〈現代語訳〉
私に冷淡なあの人に愛されたいと初瀬の観音様に祈ったけれども、初瀬の山の山おろしよ、こんなに冷たく吹き荒れてほしいとは祈っていなかったのに、お前のように、あの人もどんどん冷たくなっていく。
75 藤原基俊
〈原文〉
契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋も去ぬめり
〈現代語訳〉
お約束してくださった、「私を頼りにしなさい」というあなたの言葉を頼みの綱にしているうちに、ああ、今年の秋も虚しく去っていくようだ。
76 法性寺入道前関白太政大臣
〈原文〉
わたの原漕ぎ出でて見れば久かたの雲居にまがふ沖つ白波
〈現代語訳〉
大海原に漕ぎ出して遠くを眺めてみれば、空の雲かと見間違うほどに沖に立つ白波よ。
77 崇徳院
〈原文〉
瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ
〈現代語訳〉
瀬の流れが速く、岩にせき止められた滝川の急流が二つに分かれても、また一つになるように、あなたと今は別れても、いつかきっとまた逢おうと思う。
78 源兼昌
〈原文〉
淡路島通ふ千鳥の鳴く声に幾夜ねざめぬ須磨の関守
〈現代語訳〉
淡路島へ飛び交う千鳥の鳴き声に、幾夜目を覚ましただろうか、須磨の関守は。
79 左京大夫顕輔
〈原文〉
秋風にたなびく雲の絶え間よりもれ出づる月の影のさやけさ
〈現代語訳〉
秋風にたなびく雲の切れ間から漏れ差してくる月の光のなんと澄んで美しいことよ。
80 待賢門院堀河
〈原文〉
ながからむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ
〈現代語訳〉
昨夜契りを交わしたあなたの愛情が長く続くかどうか分からずに、お別れした今朝はこの乱れる黒髪のように心も乱れ、物思いに沈んでいます。
81 後徳大寺左大臣
〈原文〉
ほととぎす鳴きつる方を眺むればただ有明の月ぞ残れる
〈現代語訳〉
ほととぎすが鳴いたほうを眺めれば、ただ有明の月だけが残っている。
82 道因法師
〈原文〉
思ひわびさても命はあるものを憂きに堪へぬは涙なりけり
〈現代語訳〉
恋の思いにこれほど疲れ切っていても、命は続いているのに、辛さをこらえきれずに流れてくるのは涙であることよ。
83 皇太后宮大夫俊成
〈原文〉
世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
〈現代語訳〉
この世には、悲しみや辛さから逃れる道などないのだなぁ、思い詰めて入った山の奥でも鹿が悲しげに鳴いている。
84 藤原清輔朝臣
〈原文〉
ながらへばまたこの頃やしのばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき
〈現代語訳〉
生き長らえれば、苦しい今もいつか懐かしく思い出されるのだろうか、あれほど辛かった昔の日々も、今は恋しく思えるのだから。
85 俊恵法師
〈原文〉
夜もすがらもの思ふ頃は明けやらで閨のひまさへつれなかりけり
〈現代語訳〉
夜通し恋に思い悩んでいる今日この頃は、いつまでも夜が明けなくて、(明け方の光が射し込んでこない)戸の隙間さえ冷たく無情に感じられることよ。
86 西行法師
〈原文〉
なげけとて月やはものを思はするかこち顔なるわが涙かな
〈現代語訳〉
嘆けと、月が私に物思いをさせるのでしょうか、いやそうではない、それなのに、まるで月のせいあるかのようにして流れる私の涙よ。
87 寂蓮法師
〈原文〉
村雨の露もまだ干ぬまきの葉に霧立ちのぼる秋の夕暮
〈現代語訳〉
通り過ぎていったにわか雨の滴もまだ乾ききっていない杉や檜の大木の葉の辺りに、ゆっくりと白い霧が立ち昇ってくる秋の夕暮れよ。
88 皇嘉門院別当
〈原文〉
難波江の芦のかりねの一夜ゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき
〈現代語訳〉
難波江に群生する葦の刈り根の一節ではありませんが、たった一夜だけの仮寝のために(一晩だけ一緒に過ごしたせいで)、あの澪標のように、身を尽くして生涯恋い焦がれ続けなければならないのでしょうか。
89 式子内親王
〈原文〉
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする
〈原文〉
私の命よ、絶えるものなら絶えてしまえ、このまま生き長らえていたら、耐え忍ぶ心が弱って恋心が表に溢れ出てしまうかもしれないから。
90 殷富門院大輔
〈原文〉
見せばやな雄島の海人の袖だにも濡れにぞ濡れし色は変はらず
〈現代語訳〉
この血の涙で真っ赤に染まった袖をあなたに見せたいものです。松島にある雄島の漁師の袖さえも、波で濡れに濡れても色は変わらないというのに。
91 後京極摂政前太政大臣
〈原文〉
きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む
〈現代語訳〉
こおろぎが鳴く霜の降る寒い夜に、私は狭い筵に自分の衣だけを敷いて一人寂しく寝るのだろうか。
92 二条院讃岐
〈原文〉
わが袖は潮干にみえぬ沖の石の人こそ知らね乾く間もなし
〈現代語訳〉
私の袖は、引き潮のときでさえ見えない沖の石のように、誰にも知られずに恋の涙で濡れ、乾く間もない。
93 鎌倉右大臣
〈原文〉
世の中は常にもがもな渚こぐ海人の小舟の綱手かなしも
〈現代語訳〉
世の中は、こんな風に永遠に変わらずにあってほしいものだ。波打ち際を漕ぐ漁師の小舟を綱で引いていく光景の切なくも愛おしいことよ。
94 参議雅経
〈原文〉
み吉野の山の秋風小夜ふけてふるさと寒く衣うつなり
〈現代語訳〉
奈良の吉野の山に秋風が吹き、夜が更け、かつて古都であった吉野は寒々しく、衣を砧で叩く物悲しい音が聞こえてくる。
95 前大僧正慈円
〈原文〉
おほけなくうき世の民におほふかなわが立つ杣に墨染の袖
〈現代語訳〉
身の程もわきまえないことだが、この辛い浮き世を生きる民に覆いかけるよ、比叡山に住み始めた私の墨染の袖を。
96 入道前太政大臣
〈原文〉
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり
〈現代語訳〉
桜の花を誘って吹き散らす嵐が吹く庭は、花びらがまるで雪のように降っているが、本当に古りゆくのは、私自身なのだよ。
97 権中納言定家
〈原文〉
来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ
〈現代語訳〉
松帆の浦の夕凪の時刻に焼いている藻塩のように、来てはくれない人を想って、私の身は恋い焦がれているのです。
98 従二位家隆
〈原文〉
風そよぐ楢の小川の夕暮はみそぎぞ夏のしるしなりける
〈現代語訳〉
風がそよそよと楢の葉に吹いている、この楢の小川(上賀茂神社の境内を流れる御手洗川の別名)の夕暮れは、まるで秋のような気配で涼しいが、禊ぎの行事が行なわれていることだけが、夏の証であることよ。
99 後鳥羽院
〈原文〉
人もをし人も恨めしあぢきなく世を思ふゆゑにもの思ふ身は
〈現代語訳〉
人が愛おしくも、また恨めしくも思われる。苦々しい思いを抱えながら、この世を慮るがゆえに、思い悩んでしまう私には。
100 順徳院
〈原文〉
百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり
〈現代語訳〉
宮中の古い軒にひっそりと生えている忍草を見ていても、偲んでも偲びきれないほどに思い慕われるのは、古き良き時代のことよ。